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白猫・月子に振り回される毎日。でも、愛してるぅ~~!だから全部許す(笑)。 “ヤクルトスワローズ(燕さんチーム)”“ムーンライダーズ”もちょっとあります。
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常に高みを目指して、どんな困難にも立ち向かい続けた、そんな選手でした。
レベル低めの技を無難に演じる方が勝てるという傾向の採点がはびこっていたなか、決して自分に妥協することなく、難しい技に果敢に挑戦し続けた競技人生でした。

ソチ後、そのままきれいに辞めておけばよかったという意見もありますが、ワタシはそうは思わない!
復帰して戦い続けた真央ちゃん。
世界選手権を3度制した人が、今まで身に着けたジャンプの飛び方を一から見直す、そんなことができる人、いますか?
野球で言ったら、山田哲人がバッティング&盗塁フォームをまったく新しくするみたいな、イシカータンが今から右投げに挑戦するような、そんなもんですよ!!

現状維持なんて言葉は、彼女のなかにはない。
残念ながら、5歳から滑り続け、跳び続けてきた彼女の体が悲鳴をあげてしまったことで、選手としてのキャリアを終える決断となったのでしょう。

ワタシたちは、忘れることができません。
バンクーバー五輪シーズンのFS、ラフマニノフ「鐘」のあの重厚な曲に負けない、圧倒される演技を。
そして、ソチ五輪シーズンのFS「ピアノ協奏曲第2番」の心を強く、強く打つ演技を。8つのトリプルジャンプを組み込むという、前人未踏の挑戦を。

真実、唯一無二。
それが浅田真央選手でした。











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久々に路線バスに乗ったのですが、乗車してから終点で下車するまで、運転手さんがずーーーーーーっとしゃべりどおし。

「譲り合ってお座りくださいー」
「手すりにおつかまりください、発車しまーす」
「揺れますのでご注意ください」
「右に曲がり…いや、スピード落としまーす」
「追い越します。スピード上げまーす。はい、右に曲がります」
「次は〇〇に止まりまーす」「お降りの方いらっしゃらないので通過します」
「揺れます」「左に曲がりまーす」
「ちょっと先揺れます、はい揺れてますご注意ください」
「バスが止まってからお立ちくださいー」
「信号で止まりまーす」「青なので発車しまーす」
「終点〇〇駅です。停車してからお立ちくださーい」
「お忘れ物ございませんようにご注意ください」
「バスが止まり、止まりまーす、はい止まりました」

12、3分間の乗車中、1分と黙っていない。それに自動音声の降車案内も流れる。
安全喚起なのかもしれないけど、アナウンスに気を取られて運転に集中できないんじゃないのかと、逆に不安になりましたよ。

昔、この路線を利用していた時は、ぶっきらぼうなアナウンスがたまーにあるくらいだったのに。
今は、こういうのがバス会社のサービス(なのか?)の方針なの?

それとも、※個人の感想です ※安全に配慮して撮影しました ※スタッフがおいしくいただきました みたいな、クレームよけ・責任回避のための方策か?

なんつーか、最近の何かと過剰な傾向は、疲れます……


NHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」で、徒然亭草若師匠を演じた渡瀬恒彦さんが亡くなったそうです。

師匠ぅううう~!

そーこーぬけに!悲しい。

2007年の後半から翌年春が放映期間だったのか、もう10年前か!
超ネガティブヒロインのB子の貫地谷しほり、アホで鈍感でワイルドな落語家・草々の青木崇高を中心に、登場人物が全員、かわいくておバカさんで愛おしくて、毎日泣き笑いしながら夢中になって見ていました。

物語のキーとなった落語「愛宕山」の名演技を思い出します。

B子とおじいちゃんをつないだのも、お父さんとおじいちゃんのわだかまりを解いて、おじいちゃんの臨終にB子家族を泣き笑いさせたのも、草々を落語の道に進ませたのも、「愛宕山」だったなあ。

ああ、もう一度最初からじっくり見たくなったぞ、「ちりとてちん」。




※ネタバレ的な発言がありますので、未読の方はご注意ください。



先日、遠藤周作原作の映画「沈黙―SCIRENCE―」を見てきました。

小説の「沈黙」を初めて読んだのが大学時代。
再読したのがその10年後くらいの30代。
そして三回目が1、2年前。

大学生のワタシの感想→キチジローこの野郎!

30代のワタシの感想→キチジローこの野郎!

40代のワタシの感想→キチジローこの野郎!

そして、映画の感想→キチジロー、堂々としすぎ~もっと卑屈じゃないと~

読むたび「コイツ(怒)!いい加減にせいよ!」と目が三角になったものです。
でも、窪塚洋介のキチジローは全然弱く見えず、ロドリゴの目をまっすぐ見つめて対等な感じ。下手をすると信念をもって裏切ってるようにも感じてしまいました。それではお話が破たんしてしまうのです。窪塚の演技は絶賛されてますけど、個人的にはちょっと違うなー、と思いました。

弱くてずるくて何度も何度も裏切る。そのくせ懲りもせずロドリゴにすがりついてくる。
あたかも彼の信仰を試すかのように。
ロドリゴにとってキチジローは、荒野でキリストを試す悪魔であり、キリストを売ったユダであり、問いかけても問いかけても沈黙していた(と思われた)神の言葉の媒介であり、そして、最後まで寄り添ってくれた信徒でありました。

小説の最終章「切支丹屋敷役人日記」で、ロドリゴが江戸の切支丹屋敷に移されたこと、キチジローがついてきていること、キチジローが信仰を捨てていなかったこと、そして今回は牢に入れられ厳しく調べられても、ロドリゴを裏切ることはなかったことが明らかにされます。

キチジローやるじゃん!

徹頭徹尾、主人公のロドリゴ司祭じゃなくて、キチジローメイン(笑)。
なぜなら、自分がこの物語に入ったら、絶対キチジローだろうと思うからなのでした。
でも最後の最後のキチジローみたいになれるかは、自信ないなあ。


物語の本流である「信仰とは」という問いかけですが、これは答えの出ない問ですね。

映画中「日本の信者が信仰しているキリスト教は、正しいキリスト教ではない」という言及がありますが、イエズス会のキリスト教と、原始キリスト教(というか、ユダヤ教の新興宗教っすよね)の教義が一緒のはずないし、同じカトリック内でも色々違いがあるはず。
日本でも、神道だって仏教だって、風土や時代によってさまざまに変化していますよね。
今でもそうですが、政治や経済と宗教って、離し難く結びついているし、あまりに信仰の純度を求めると、先鋭化してカルトに向かう傾向が。

宗教って何でしょうねえ。人間が生きていくために必要とされていた宗教が、宗教のために人が生きていくという逆転現象がしばしば起こりますねえ。宗教だけじゃなくて「お金」「健康」「愛」「仕事」「趣味」などもそうですが。
そもそも人間が生きるって、何のため?という解けない疑問が浮かび上がってきちゃう。
こうなるともう、堂々巡りですね……

と、すっきりしない、結論もでないまま、放り投げた状態で、このブログの記事を終えようとしているワタシでした。
大脱線。
毎週金曜日の夜

「明日、明後日で掃除を!」
と心に誓っているのに、日曜の夜には決まって

「来週末こそは、ちゃんと掃除を!」
と後悔し続けて早半年。
そして、あっという間に12月。

今年も床にまで放置されてる本と、使うんだか使わないんだかわからないガラクタの山と一緒に年越しだー!
って、もう大掃除を諦めてる、そんなワタシ。

つーさん、あきれ顔。
プロフィール
HN:
kawoossan
性別:
女性
自己紹介:
kawoossan:白猫月子(つーさん)の下僕。

月子(つーさん・♀):雑種の駄ネコ。下僕に厳しく、自分に甘く。
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